供養と終活(グリークワークとスピリチュアルワーク)

伝統的文化における、あるいは心の無意識的な意味における、「供養」と「終活」、グリークワークとスピリチュアルワーク(自分の死によるグルーフワーク)の本質を、統一的観点から理解し、ストーリーを組み立てます。

人の心には合理的に考える側面と、無意識的・象徴的に考える側面があります。
前者は科学の発達とともに変化しますが、後者にはいつの時代も変わらない本質的な構造があります。

葬祭は冠婚葬祭という通過儀礼の一部であり、その全体は大きなライフサイクルです。
葬祭では、送る側、送られる側がそれぞれに、そのサイクルを巡りながら、魂を変化させていきます。


<ライフサイクル>

伝統文化の世界観の基本には、「ライフサイクル」の考え方があり、それは大きくは4つのプロセスに分けて考えることができます。

① 誕生から成人まで(冠→婚)
② 成熟して死ぬまで(婚→葬)
③ 死んでから祖霊になる(弔い上げ)まで(葬→祭)
④ 祖霊になってから子孫へと再生するまで(祭→冠)

人間の魂は、冠婚葬祭のたくさんの「通過儀礼」を経ながら、このサイクルを巡っていきます。

②→③は魂が「普遍化」する一連の連続的なプロセス(祖霊や仏は、個性を脱して普遍化した魂の象徴)で、「死」はその通過点にしかすぎません。
弔い上げ(祖霊化)を折り返し点として、④→①は魂が「個性化」するプロセスです。
成人化が次の折り返し点となります。

行う側にとっては、「供養」→「終活」は②のプロセスに当たります。
「供養」と「終活」は、それを行う者にとっても一種の「通過儀礼」と考えることができる

②の「通過儀礼」では、死に触れることを通して、魂を「普遍化」していきます。
「普遍化」というのは、無意識の創造性を受け入れ、偏りやこだわりをなくすプロセスです。


<スピリチュアル・ワークとグリーフ・ワーク>

「供養」では、肉親の死と対面し、「グリーフ・ワーク」を行います。
「終活」では、自分の死と対面し、「スピリチュアル・ワーク」を行います。

しかし、実際にはもっと複雑で、肉親の死に際しては、
・亡くなる人に対する「スピリチュアル・ケア」
・他に肉親に対する「グリーフ・ケア」
・自分に対する「グリーフ・ワーク」
を同時に行うことになります。

亡くなる人に対する「スピリチュアル・ケア」は、自分の「スピリチュアル・ワーク」疑似体験でありその準備となると同時に、「グリーフ・ワーク」への準備にもなります。
他に肉親に対する「グリーフ・ケア」と自分に対する「グリーフ・ワーク」は、一体のものとして行われるべきものです。

一方、終活→自分の死に際しては、
・自分に対する「スピリチュアル・ワーク」
・肉親に対する「グリーフ・ケア」
を同時に行うことになります。

また、それが肉親の「グリーフ・ワーク」へと引き継がれます。


人のアイデンティティ(自分像)は、他の人間との関係性の中で作られます。
肉親像が変わると自分像も一緒に変わります。

「供養」では、現実の肉親とそれを基にした「肉親像」が喪失し、
それよる自分のアイデンティティ・価値観の危機を向え、
「新たな肉親像」を作ることで、自分自身も変わっていくことでそれを乗り越えるます。

一方、人のアイデンティティ(自分像)は、未来の自分像との関係性の中でも作られます。
未来の自分像が変わると現在の自分像も一緒に変わります。

「終活」では、自分の死を考えることで、「未来の自分像」を喪失し、
それによる自分のアイデンティティ・価値観の危機を向え、
「新たな未来の自分像」を作ることで、自分自身も変わっていくことでそれを乗り越えます。

両方の過程で、共に、新しい「肉親像」、「未来の自分像」が普遍化していくことで、自分のアイデンティティも普遍化していきます。

死後においては、その普遍化の課題は、残された肉親の心の中(の自分像)に手渡されます。

(2013)

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