論考の背景

「コミュニティとアソシエーション」というジャンルで書いたのは、日本の歴史における供養の形式に関しての一つの論考なので、古い記事から順にお読みください。

この稿は、あとがき的な説明です。

今回の論考は下記に触発されて考えたものです。

・宗教学者の中沢新一が『カイエ・ソバージュ』シリーズ、『芸術人類学』などの諸著作で行っている、結社組織による宗教儀礼に関する論考
・歴史学者の網野善彦が『無縁・公界・楽』などで行った中世の自由空間に関する研究
・思想家の柄谷行人が『トランスクリティーク-カントとマルクス』、『世界共和国へ』などの諸著作で行っている、資本主義とは異なる交換様式として新たに構想するアソシエーションに関する論考

いずれも、各分野の孤高でラディカルな研究だと思います。
具体的な実証性は弱いと思いますが、構造的に抽象したレベルの論考であり、自由や解放を視野に入れた倫理的な立場からのものです。

また資料的には、中世の寺院に関しては平雅行、中世の葬送に関しては勝田至、江戸時代の寺院と葬送に関しては圭室文雄の著作を参考にしています。

ちなみに、本稿のテーマから外れますが、社会組織の地域差に関して、民族学の岡正雄、民俗学の宮本常一、社会学の福武直氏などの研究があります。

おおまかに言えば、西日本では年齢階梯制、宮座、講などのアソシエーションが強い農村的ムラ社会で、東日本は同族的組織の垂直的な支配関係など親族コミュニティが強い武家的イエ社会だそうです。

ただ、本稿のように同じ地域的メンバーによって作られる組織に対しても、アソシエーション原理によるものかコミュニティ原理によるものかを区別する視点を持つ人は少ないと思います。
(2010)

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