イエスその人の思想

キリスト教の教えではこうだから、葬儀や供養はこうしなきゃ、というドグマからの解放されるのため、イエスその人の思想について書きます。

キリスト教の起源になった、ガリラヤで活動したヨシュアという名前のユダヤ人は、おそらく、実在したのでしょう。
しかし、彼の実在や、十字架上の死を含めて彼の人生に関して記録された、客観的な資料は一切、存在しません。
実在人物としてのイエスは「史的イエス」と呼ばれ、福音書から想像される人間としての姿が描かれます。
しかし、一般に知られるこの「史的イエス」とは異なる、もっとリアルな研究が描くイエスの思想を紹介します。

イエスの思想はギリシャ哲学の「キュニコス派(犬儒派・犬学派)」に近く、実質的に宗教的側面はほとんどなかったという説が有力だと思います。
もともと、弟子はイエスを「先生」と呼んでいて、救世主や預言者、ましてや神の子や神とは思っていませんでした。

新約聖書にはイエスの物語を記した『マルコ』、『マタイ』、『ルカ』、『ヨハネ』の4つの福音書が収録されています。
ただし、これらのように正典とはされずに、そこからはずされている福音書はその10倍くらい存在します。
それぞれの福音書は書かれた年代、場所、思想が異なります。
また、イエスの復活信仰や、十字架の死の贖罪解釈が生まれた年代、場所もそれぞれ別のようです。

最初の3つの正典福音書は内容的に似ていて『共観福音書』と呼ばれます。
また、1945年にはナグハマディで新たに発見された『トマス福音書』は、語録形式の福音書で、正典の福音書以上に古い語録を多く含んでいることが推測されました。

『共観福音書』や『トマス』などを詳細に比較した結果、これらの著者が参考にした古いイエスの語録が存在したことが推測されました。
聖書学者はその失われた福音書を『Q』と名付けました。
さらに研究の発達の結果、『Q』には3つの発展段階『Q1』、『Q2』、『Q3』が考えられるようになりました。

ただし、『マルコ』は『Q』の影響を受けていないとか、『Q』など存在しないという説もあります。

しかし、イエスが活動したガリラヤの弟子たちが、後の福音書の資料となった最初のイエスの語録集『Q1』を持っていたことはかなり確実です。
彼らは元々は、イエスの復活の神話を信じない、非宗教的な弟子の集団でした
『Q』にはイエスの復活はもちろん、死についても、奇跡物語も語られません。

『Q1』は宗教化されてキリスト教が生まれる前の、初期のイエス運動を反映しているのでしょう。
そして、これがイエスの思想に近いものであると推測するのが合理的です。

『Q』の内容が近いとされるキュニコス派は、ギリシャ哲学の一派で、ストア派がその先駆としている派です。
一切の社会的な因習を否定して、必要最小限な生活しようという思想です。

イエスが生きたヘレニズム時代に特徴的な思想的課題は、諸民族が過去の因習に捉われず、自由な個人として一緒に生活する共同体(=神の国)を探求することでした。

イエスが活動した当時のガリラヤは、ヘレニズム的な国際性を持った都市で、政治的にも宗教的にも権力が存在しない諸国の緩衝的地帯でした。
ガリラヤはヘレニズム的な自由が最も追求可能な場所でした。
「キュニコス派の教師」という『Q1』のイエス像は、このガリラヤの状況にマッチします。

『Q2』、『Q3』は、イエス運動がガリラヤから外に出る過程で変質したものです。
福音書やキリスト教の神話もガリラヤ以外の地で生まれまたものです。

『Q1』の内容を私なりに分かりやすくまとめると、次のような感じです。

敵を愛せ。
愛してくれる人を愛したとしてそれが何だ。
家族を憎まない者は私の弟子にはなれない。
持っているものは蓄えず、見返りを期待せずに与えよ。
蓄えを知らない動物でも、神はちゃんと養ってくれるのだから、心配はいらない。
そのように生きる者の心は、豊な神の王国にある。

神の王国は死後や未来の話ではなく、今、現実化できるもののようです。

復元された『Q』は『失われた福音書』バートン・L・マック(青土社)で読めます。
こういった研究が、欧米社会において、どれほどタブー視され、批判・妨害されているかは、容易に想像できます。

(2010)

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