テーマ:供養と経済の深層

救いと経済

「救いと経済」というジャンルでの、一連の論考の最後の文章です。 古い投稿から順にお読みください。 『お寺の経済学』は、仏教の心の救いの部分に関しての経済的な分析にはほとんど立ち入っていません。 文庫版の補論で山形浩生氏がこのことを指摘し、論考しようとしていますが、「非金銭的経済」と言うだけです。 経済人類学が…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

中島隆信『お寺の経済学』批判

中島隆信氏の仕事の特徴は、経済学があまり対象にしていないような領域を経済学的な発想によって分析することです。 私は寺院関係のものしか読んでいませんが、彼が行っていることは根本的にナンセンスな部分があると思います。 経済学の対象を広げようとしているにもかかわらず、経済学が拠って立つ「市場」の概念や、経済学の理論的枠組について無自覚…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

島田裕巳『金融恐慌と資本主義』批判

『金融恐慌と資本主義』で島田裕巳氏は経済・経済学に与える宗教の影響について指摘しています。 普通の人なら思いつくようなことがいろいろ書いてありますが、証拠を挙げながらの実証的研究ではないので、どうにも解釈できるのではないかという気がします。 内容がごく常識的であるところが、むしろ真実を隠してしまってではないかと危惧します。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

金融業をはじめた中世寺院

(続き) 日本の中世の寺院を例に、増殖という観念がどう利子や金融資本と結びついたか見てみましょう。 古来、生産物は神からの贈物と考えられていたので、共同体は「初物・初穂」を儀礼的に神に返礼していました。 神と共同体の関係は「互酬(贈与と返礼)」(経済人類学が言う交換の第1型)でした。 日本では、奈良時代から、初穂…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

利子も供養も多神教の豊穣思想に由来する

(続き) 「死者の供養」を認めることと「利子」を認めることは、世界的にも関連しています。 どちらもアニミズムや多神教的な豊穣宗教の「増殖」という観念をベースにしていると思います。 ですから、イスラム教のような純粋な一神教は、「利子」を認めません。 イスラムは資本主義経済とは異なる経済圏で、「利子」は認めませんが、投資による…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

回向の論理は資本の論理と同型

(続き) 民俗的供養と仏教的供養を経済人類学的な観点から考えてみましょう。 民俗的な先祖信仰では、先祖を「祀る」という「貸し」によって、先祖から「守護」してもらうことを期待します。 供養の当事者の損得はアバウトに±0です。 これは人格的な関係で行われる「贈与・返礼」という形の交換で、市場経済とは無関係な経済です。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

民俗的供養から仏教的供養に

「 供養と経済の深層」というテーマでの論考を書きます。 宗教と経済の分かりやすい関係については、いろんな雑誌や新書本で読めます。 「宗教経済学」だと島田裕巳さんとか、「宗教の経済学」だと中島隆信さんとか…。 しかし、宗教と経済の深層の次元に、その両方を決めている無意識的で本質的な法則があると思います。 「経済」と…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more